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2016年8月18日(木)
社会とのかかわり
埼玉大学社会調査研究センター長
松本 正生
社会調査オピニオン
社会とのかかわり
埼玉大学社会調査研究センター長 松本 正生
2016年8月18日UP

今年もまた、社会調査実習の授業で学生たちと手作りの調査に取り組んでいる。手作りとは言え、さいたま市の有権者を母集団とする、対象者数1,000名の本格的な郵送世論調査だ。依頼状や督促状も手抜きはしない。

質問票の作成、サンプリングなどを経て、7月の参院選後からは、参加メンバーが分担して10区分の対象者の抽出・転記作業を行っている。実は、この作業が、彼らにとって一番負荷の大きい体験となる。自分が担当する区の選挙管理委員会へのアポ取りに始まるのだが、(申請書記載の)本人確認用の運転免許証やパスポートを持たない学生は、事前に役所とのやり取りをしなければならない。住民票をさいたま市に移していない場合は、さらに、実家をも巻き込んでの手続きを強いられる(余談だが、いわゆる独法化以降、埼玉大学のID=学生証では不可)。

もちろん、抽出作業については、一連の手順を事前に全員で確認し、たとえば、特定した対象者が欠番や転居の場合の扱いをルール化する。各人が担当区ごとに起点数と抽出インターバルによるリストを作成もする。ただし、肝心なことは敢えて伝えない。あらかじめ注意や指示事項を事細かに書き込んだマニュアルを渡すというやり方もあるだろうが、何事も「習うより慣れろ!」。教えすぎることのマイナス(むなしさ)を、近年はとくに感じている。

さて、現地に到着し作業を開始した学生諸君。まもなく、想定通りにはいかない現実に当惑する。1ページの掲載人数は自治体によって違う。投票区によって名簿の冊数も異なる。しかも、すべてのページにまんべんなく個人名が掲載されているとは限らない。機械的に次は何ページ先の何番目とはいかないのだ。

教えすぎないことのしっぺ返しは、もとより覚悟の上。抽出・転記作業期間中は、学生からの問い合わせ電話への対応がこちらの任務となる。実習への参加者数が限られることに加え、ここのところ受講者数が減少し、学部のゼミ生よりも少人数であるがゆえにこうした方針や対応が可能なことは重々承知している。

ふたたび現地の学生諸君。気を取り直して作業を再開し、時間のロスを取り戻そうとピッチをあげたところで、はやくもお昼。今度は選管の職員諸氏から、昼休み中の作業にダメ出しをされ、名簿を一旦回収されてしまう。作業の続行を懇願してOKが出る確率は、残念ながらかなり低い。だからこそ、こうした対人的やりとりを含めて、抽出作業自体が、社会調査のフィールド・ワークとして、かけがえのない機会となっている。

世間では、日々、社会の崩壊を示す事件が続く。社会とかかわる必要性を感じない人も、顕著に増加している。目の前の社会を、社会として認知しない人たちに、社会の実態や人々の意識を示してもリアリティがあるのだろうかと、ついつい悲観的になってしまう。

かつての面接調査時代とは随分と話がダウンサイズした感はあるが、学生たちの貴重な体験談に耳を傾けながら、今日も彼らの持ち帰った抽出名簿のチェックをしている。