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2016年1月22日(金)
似て非なるもの
世論調査と選挙予測調査

日経リサーチ 鈴木 督久
社会調査オピニオン
似て非なるもの
世論調査と選挙予測調査
日経リサーチ 鈴木 督久
2016年1月22日UP

世論調査と選挙予測調査を混同して議論する光景を見かけることがある。出発点に混乱があると、その後の議論が貧困になるので改めて注意喚起をしておきたい。最近では、2015年5月の英国総選挙の予測失敗をめぐる議論に、その光景を見かけた。両者の混同は、調査の方法が同じであることに起因するが、それは外形の類似であって、いくつかの本質的な相違がある。

第一に目標母集団が違う。世論調査の目標母集団は有権者である。選挙予測調査の目標母集団は投票者である。投票率が100%の場合に両者は一致するが、実際の投票率は60%程度である。枠母集団から無作為抽出した計画標本に対して、世論調査では回収率100%を目標とし、調査対象者に拒否されても協力依頼・説得を重ねて回答を求める。調査不能誤差(非標本誤差)を小さくしたい。少なくとも標本誤差より小さくしたいという動機が背景にある。

しかし、選挙予測調査では、投票に行かない有権者の回答は不要である。ところが投票者という枠母集団は投票前には原理的に構成できないので、有権者という枠母集団から計画標本を無作為抽出する(*1)。従って回収標本には非投票者も含まれる(*2)。

第二に信頼性と妥当性の重要度が違う。世論調査は有権者をよく代表していなければならない。内閣支持や政党支持という構成概念は、その妥当性を求められるべきである。「測定結果が世論である」と操作主義的定義をしてもよいが、測定したい内容は何か、本当の意味で何を測定していたのか、そして最後には「世論とは何か」を問われるべきである。

しかし、選挙予測調査では妥当性を問わない。誰が当選し、どの党が勝つか予測したいのである。そのために投票したい候補者名や政党名を質問してもよいし、違う質問をしてもよい。投票先ではなく旅行先を質問してもかまわない。それが優れた代理変数であり、予測に利用できる自信があれば、何を測定してもよい。

私たちは世論調査と同じ測定手法を使うが、妥当性を重視しない。無視しているといっても過言ではない。そこで大切なのは測定の信頼性である。信頼性を確保するために同じ調査管理方法を堅持する。調査対象者はウソをつくかも知れないが、かまわない。選挙のたびに調査をし、ウソをつく人々がいつでも同じように存在すること、大標本のもとでウソの割合が安定していることが重要である。ウソ以外の特性を含めて、回収標本の性質が繰り返し測定をしても安定していること、つまり信頼性が高いことこそが重要である。

私たちは、個別の回答の真偽を問わないが、大標本における回答分布の安定を確認する。質問方法を変えれば、結果も変わるので、調査のたびに変更してはいけない。ある政党の調査支持率は得票率より低いかも知れないが、得票率と一致しないから悪い調査ではなく、いつも同じように一致しない調査が、信頼性の意味で良い調査なのである。そのような調査データだから、選挙結果と異なる調査結果から、真の値に向かってパラメータを推定できるのである。調査結果(予測結果ではなく)が、選挙結果と乖離しているから「大変だ!」と騒ぐ専門家はいない。

第三に調査結果の表現が違う。世論調査では結果の数値をそのまま公表する。有権者からの無作為抽出標本に対して、科学的手順で測定した結果が世論である。若年層の回収率が低いからといって、母集団に合わせて重みをつける必要はない。若年層の構成比が低くて、若者の意見を反映していないことも同時に伝えなければいけない。

しかし選挙予測調査では、特に候補者の調査支持率のナマの数字は公表しない。法的配慮だけでなく、有権者を誤解に導くからである。信頼区間を付記するという学術的助言もあるが、標本誤差だけでなく非標本誤差が加わっていることは解決されない。予測分析では、調査支持率と得票率の差異を構造化しなければいけない。

世論調査はナマである。刺身である。選挙予測調査は煮て、焼いて、蒸して、潰して、混ぜて料理する。そうして出来上がるのが政党別獲得議席数の点と区間の予測表である。世論調査ではデータを作るところに時間と予算を集中し、あとは集計のみである。選挙予測調査ではデータ解析とモデリングが、過去の選挙データと調査データと関連データを総動員して実施される。

予測が外れた理由を読むときは、上記の観点を導入すると見通しがよくなる。日本では2016年に参院選があるが、安倍首相が中曽根首相(1986年)以来の同日選を断行する可能性もある。そうなると空前の選挙報道体制となる。衆院は132選挙区ではなく300に増えており、投票時間は午後6時ではなく8時まで延長されている。30年前とは違う。参院は当日開票に間に合わないかも知れない。そのような同日選は未経験であり、選挙予測調査も未知の渦に巻き込まれる。

参考資料
読売新聞(2015年5月15日、朝刊9面)英総選挙「接戦」大外れ.
谷藤悦史(2015年9月15日、日本世論調査協会研究会レジュメ)スコットランド国民投票とイギリス総選挙における世論調査;イギリス世論調査の今日.
會田雅人(2015)ティモシー マーティン ヒル「英国総選挙の予測誤差」(Significance, 2015.6),抄訳・解説.In.「統計」(2015年12月号).
放送大学『身近な統計』(第10回)放送中の、鈴木督久「選挙予測調査」.

*1 選挙人名簿が、完全で具体的な有権者の枠母集団であるが、RDD電話調査の場合でも、世帯に電話して、世帯内の有権者を調査対象にするという意味である。
*2 説明は省略するが、非投票者が含まれることは予測分析にとって深刻な問題ではない。