現在わが国で最も数多くの社会調査を実施しているのは、国や地方自治体である。社会調査協会の目的でもある社会調査の水準の向上のためには、自治体等が実施する各種調査の質的向上が必要不可欠である。これまで、市民意識調査の問題点や(大谷信介編『これでいいのか市民意識調査:大阪府44市町村の実態が語る課題と展望』ミネルヴァ書房2002年)、公務員向けの調査実践を問題提起してきたが(大谷信介「市民意識調査の再構築 ①~⑦」『地方自治研修』577-584号2008-9年)、自治体調査の実態は変わっていないのが実情である。
これまで公務員の世界では、どのような部署でも仕事のできるジェネラリストが重視され、その前提として法律知識が重要視されてきた。公務員試験も、憲法・行政法など<法律>問題が試験科目の中心を占めてきた。公務員を目指す学生たちは、ダブルスクール等をして日夜法律の勉強に励んでいるのが実情である。
また自治体内で頻繁におこなわれる人事異動は、癒着や汚職を防止するという機能を果たしてきたかもしれないが、一方で調査技能や調査専門知識を自治体内に蓄積していくことを阻んできた。こうしたこれまでのジェネラリスト信仰に基づく公務員制度は、戦後60年の歴史の中で制度疲労を起こしていると考えられる。
多様化複雑化する現代社会において有効な政策を立案していくためには、社会調査の領域に限らず、医療・福祉・教育等あらゆる分野の高度な専門知識が必要となってきているのが現実である。公務員に法律知識が必要でないとは思わないが、判例を重視する法律知識が「公務員が前例主義に陥りやすい」という側面を助長するだけで、高度な専門知識の必要性を軽視してしまう傾向も見受けられる。今後の公務員制度改革の根幹となるのは、ジェネラリスト信仰一色だった制度の中にスペシャリストの要素をいかに組み込んでいくかを考えることであろう。
なかでも国民の民意や生活実態を正確に把握できる「社会調査」は、公務員が政策立案にあたって最も基本となる専門知識となっている。その意味では、すべての公務員が法律知識と同様に「社会調査を正しく評価できる能力」を持つ必要があるといえるだろう。
行政が民意や社会の実態を正確に調査し政策に反映させていくためには、公務員試験改革、自治体内に「調査ノウハウ」が蓄積されるような庁内体制や人事政策の整備、多くの公務員がより専門的な「社会調査能力」を大学や研究機関等で学べるような研修制度の整備等は必要最低限考えていかなければならないだろう。 また社会調査協会は、公務員が比較的容易に「専門社会調査士」を取得できる制度を早急に創設していくことが重要な課題と位置づけられる。