日本の調査法に対する考え方は、「最良の調査法は面接調査である」という大きな枠にはめ込まれているように思える。この常識が正当化されてきたのは、①調査員が調査対象者に直接会えるから本人確認できる、②調査員が対象者宅へ繰り返し訪問して協力を求めるから回収率が高くなる、③調査員が対象者の回答や反応をみて調査を進行できるから欠損や誤りの少ない良質なデータが得られる、といった理由からであろう。逆に郵送調査など調査員が介在しない調査は、「本人特定ができないし、回収率が低くなるし、代理回答や無記入・誤記入が多くなり質が悪い」と批判されてきた。いま、社会状況の変化や調査法の工夫による成果によりその常識が疑わしくなっている。
2005年に、調査史に残る不正事件が日本の政府系の調査で発生した。日本銀行が訪問留置法で実施した第23回「生活意識に関するアンケート調査」では不正発覚後の監査調査で回収率が74.9%から50.3%に修正された(朝日新聞2005年8月6日付朝刊)。第24回調査でも回収率は7割台に戻らず50.8%、第25、26回は44%台と低下。第27回から郵送調査(回収率49.5%)に切り替えられた。
2005年には内閣府の調査でも同様に不正が発覚し修正された(朝日新聞2005年9月6日付朝刊)。不正発覚後に実施された内閣府の「社会意識に関する世論調査」は回収率50.7%(調査期間は2006年1月26日〜 3月21日の55日間)に急落したが、最新の2016年2月調査では58.8%(2016年1月28日~2月14日の18日間)に回復している。ただ、20代の回収率が4割程度と低いなど回答構成に偏りが目立つため、2014年と2015年2月に郵送調査を実施して比較検討している。このときの回収率は、2014年面接61.9%:郵送75.3%、2015年は60.1%:76.6%(内閣府世論調査ページ)。
報道機関のうち、毎日新聞は2012年9月(回収率55%)、朝日新聞は2013年3月(51%)、読売新聞は2014年9月(50%)が最後の面接調査となっており、すべて郵送調査に切り替えられた。統計数理研究所の面接調査でも、第13次「日本人の国民性調査」(2013年10月下旬~12月上旬)では49.5%と低迷している。
昔日の高回収率への幻想や「常識」を信仰する中で、到達不可能な条件(予算や日程、目標回収率)が提示され、それに沿う形で不正が誘発されている可能性がある。日本銀行の事件発覚後に、当時の担当者は「調査員を信頼する」か「調査対象者を信頼する」かの二択のうち後者を選び郵送調査に切り替えた。内閣府の郵送法による実験調査では、質問の最後に「今回の世論調査にご回答いただいたのは、どなた様ですか」と確認し、調査対象者の申告を信頼して有効判断をする工夫を取り入れている。
面接調査の方法論を中心に教授されてきた社会では、調査員のいない調査にもかかわらず、調査員がいることを前提にした仕組みを無意識に使用している。たとえば、調査票の仕様。面接法の調査票で選択肢部分を枠で囲む方式は調査員が枠の中を記入するための注意喚起、選択肢の並びを多行多段配列する方式は狭いスペースに多くの質問を収容するための工夫であろう。郵送調査では、調査票に枠を多用すれば見づらくなるし、選択肢の配置により回答傾向が変わることが知られている。質問を「耳で聞く」面接調査と「目で見る」郵送調査では質問文の文言も選択肢の配置も注意すべきところが大きく変わる。
概念が変われば事実が変わるように、調査法が変われば常識も変わる。守るべきものとは特定の調査法ではなく、「代表性の高いデータを得る姿勢」である。面接法の再生は、惨状の精査と新たな工夫から始まる。