堅田香緒里(法政大学)
ここで紹介する社会調査実習は、2018年度に筆者が担当した法政大学社会学部の政策研究実習(社会調査実習に関する科目)である。金曜日の3・4限という一週間の疲労が最も蓄積されている時間帯の授業であったにもかかわらず、学生もTAも非常に熱心に取り組んでおり、特に実査の直前の時期などは授業時間を大幅に超えて作業が行われることも少なくなかった。また、調査の性質上、授業時間外にフィールドに出向くことも多かったが、学生たちは積極的に取り組んでいた。
野宿生活経験者や支援者が地域で共同開催している毎年恒例の夏祭りの模様
本実習では、野宿生活経験者の生活実態と排除の諸相を明らかにすることを目的に、東京都の二つのエリア――東京最大の繁華街の一つに位置する特別区A区および多摩地域に位置するB市――において、野宿生活経験者へのインタビュー調査を行った(調査にあたっては、それぞれの地域で活動している支援団体A・Bの協力を得た)
本実習は、調査の(1)準備段階、(2)実施段階、(3)分析段階の三段階から構成される。
支援団体のスペースをお借りして、野宿生活経験のある人にインタビューをしている模様
これまで「ホームレス調査」といえば、野宿生活者が相対的に多く居住する大都市圏をフィールドとしたものが中心であったし、東北地方や九州地方から仕事を求めて「上京」してきた単身男性が「ホームレス」の典型として論じられてきた。大都市圏の中で,家族や地域と切り離されると同時に匿名性を担保されながら、路上生活が営まれていると考えられてきたのである。しかし今回,郊外のB市に暮らす野宿生活経験者たちの語りから見えてきたのは、かれらのほとんどがB市の近隣地域の出身であるということ、そしてかれらが出身地域の近隣で野宿生活を続ける背景には、その土地への愛着や家族との相対的に良好な関係があるということだ。その意味で、東京都でも路上生活者数が最も多いエリアの一つであるA区だけではなく、野宿生活者数のそれほど多くない郊外のB市にも射程を広げた本調査は、これまで光を当てられてこなかった地域に暮らす野宿生活者の生活世界を、ほんの少しであれ知らせることに貢献できたと考える。
「路上で暮らす」という経験は決して一様ではない。当然と言えば当然のことだが、大都市圏のターミナル駅の駅舎で簡易的な段ボールハウスで寝泊まりする人と、郊外の河川敷で廃棄された木材やブルーシートを使って「建設」された小屋で暮らしている人とでは、その生活のあり様もニーズ(必要)も異なるだろう。また,居住しているエリアの行政上の差異により、生活保護制度等の社会保障制度との心理的距離も異なり得る。今回の調査実習においては、不十分ながら。このようなA区、B市のそれぞれに暮らす野宿生活者の生活実態およびニーズ等の比較も一部で行っており、今後の発展可能性が示唆される。
本調査では、何よりもまず野宿生活経験者の語りそのもの、言葉を重視していた。路上で暮らしている/いた人の中には、コミュニケーションをとることが難しい人も少なくなく、かれらの「声」をインタビュー調査で引き出すことはそう容易なことではない。それでも、調査に参加した学生たちは皆、その容易でない感じも引き受けながら、終始積極的に取り組んでいたことが印象に残っている。それは,路上を生きる/生きた人たちの生活世界のあり様に、どこかで魅かれていたからではないかと思う。