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2016年5月12日(木)
教育計画演習
名古屋大学名誉教授
潮木守一
くつろぎ
教育計画演習
名古屋大学名誉教授   潮木 守一
2016年5月12日UP

若い頃の筆者は、もっぱら実態調査派だった。たとえば1970年台にはいくつかの県を取り出し、そこでの中学から高校への進学にどの程度の階層差があるのかを調査していた。その狙いは大きな政策上の選択に、一定の科学的根拠を与えることにあった。その当時、高校選抜制度として、いわゆる「大学区制」を取るべきか、それとも「小学区制」を取るべきかが大きな社会的・政治的な対立があった。

当然のことながらそれぞれの背後には、政治イデオロギーが控えており、大学区制は保守イデオロギー、小学区制は革新イデオロギーと結びついていた。当然、議論は感情的になり、神学論争のような様相を帯びることになる。神学論争とは殺し文句の応酬とオルグと称する多数派工作だけである。そこには「科学」が入る余地はない。はたで聞いていても、どれほどの根拠があるのか不明な言説が横行していた。

そこでそれぞれの高校選抜制度がどれだけ平等な選抜を実現できているのか、それをできるだけ客観的に把握することを目指した。ところが子供の進路選択に親の学歴がどれだけ影響を与えているのか、親の所得はどうなのか、こういう点を調べるとなると、親の学歴、所得を調査項目に入れなければならない。ところがそれには大きな抵抗があった。とくに学校を通じて調査票を配布する場合には、学校側の了解が不可欠だった。ところがどこの県でもいい顔をされなかった。そこで実態調査は見限った。

そのあと着手したのか、官庁統計の利用だった。教育関係ではいくつかの基本統計があり、長年にわたって蓄積がなされてきている。たとえば「学校基本調査」という網羅的なデータがあるが、あまりじゅうぶんに活用されていないように見えた。それを眺めているうちに、これを利用しない手はないと思えてきた。まず最初にやったのは高校問題だった。その当時高校進学率は年々上昇を続け、80%を超える水準まで来ていた。あたかもこのまま放置していても90%を超え、「全入時代」が来るかのように見えた。

ところが、その背後ではとくに大都市圏で中卒者の急増が迫ろうとしていた。このまま放置していたら、深刻な受験競争が生まれ、大量の中卒浪人が発生しないとも限らない。いったいどれだけの高校の増設が必要となるのか、そのための経費はどれだけの県民負担となるのか、それを推計してみることにした。 モデルとなったのはその当時のドイツやフランスの「教育計画」の手法だった。ドイツもフランスも10年後、20年後を見据えて、どのようにして教育条件を整備していったらよいか、官界と大学とで連合体を作り、そこが計画案を作成していた。この種の資料は市販されることがないので、関係機関に個人の資格で手紙を送り、船便で郵送してもらった。その頃はどこも親切で、必ずといっていいほど関係資料を送ってくれた。その資料が大いに役立った。

ところが現在では重要法案、計画案、その根拠となったデータ類は、ウェブサイトに載せられており、だれでも自由にダウンロードできるようになった。あの資料はまだかまだかと待っていた時代が懐かしい。