この調査は、WHOの保健政策部が企画した国際比較調査プロジェクトで、日本を含む十か国あまりの国で実施されている。その日本調査の実施にあたり、筆者は、調査実施に関わる部分の担当者として研究メンバーに加わったが、回答者に対する安全配慮など、稀にみる慎重な実施計画については、専ら学ぶことばかりであったので紹介したい。研究代表者はミシガン大学社会福祉大学院准教授の吉浜美恵子氏と、国立社会保障・人口問題研究所人口動向研究部第二室長の釜野さおり氏であり、吉浜氏と研究メンバーの一人であるドメスティックバイオレンスの専門家であるゆのまえ知子氏、「WHO・DVと女性の健康」コア研究チームの指導によるところが大きい。
計画の始まった1997年は、まだドメスティックバイオレンスについての標本調査は、郵送調査が数件あるのみで、これから自治体などの調査が増えることが予想される時期であったこともあり、横浜市で実施することとなった調査の調査委託先の中央調査社も大変熱心に取り組まれた。
調査方法の決定についても、WHOは国際比較の対象に発展途上国が多かったため、面接調査で統一することにこだわったが、日本では微妙な内容の調査は自記式が適切ではないかと考え、検討がなされた。検討の結果、面接調査の中で、微妙な問題は別冊として面接中に回答者が記入する面前記入法を併用した。面接調査は、家庭内で暴力をふるう夫が調査票を目にすることの危険を回避するために重要なことでもあった。つまり、暴力をふるう側は、それが外に知れることを恐れており、被害側は外に話すことがまた暴力を増加させる危険がある、そうした調査票の存在もまた暴力の引き金になりかねないというのである。
面接調査員については中央調査社にベテランの女性調査員を選んでいただき、調査員に対する研修会を研究チーム全員が参加して1日かけて行った。調査研究の背景と目的を説明してこの調査の意義を認識してもらい、その上で、面接のロールプレイによって、実際に起こりうる状況に対応できるように準備した。
さらに、筆者が大変感心したのは、万が一のこうした危険を回避するとともに、被害者がこれを機に訴えることができるような社会的体制を整えたことである。調査のアドバイザリー委員会を設け、また神奈川県女性センターの協力も得、数か所のシェルターにも協力を得ている。それらの連絡先を回答者に渡すについても、財布にも入るような小さなカードにするなどの工夫がなされた。
そのほか、回答者の安全に対する配慮が十分になされたが、調査の詳細は「女性の健康とドメスティックバイオレンス-WHO国際調査/日本調査結果報告書」(吉浜美恵子・釜野さおり編著、新水社、2007)にまとめられている。
『社会と調査』2号より転載