私がまだ大学院生であった1973年当時、社会移動研究の第一人者であった安田三郎先生が東京大学社会学科に赴任されていた。授業に参加し、社会統計学を必死に学んだ記憶がある。なかでも強烈な記憶として残っている2つのことがらがある。現在では、コンピュータが格段に発展し、自宅のデスクトップ・パソコンで統計分析のソフトウェア・パッケージ(例えばSPSS)を使って大量の調査データを分析することは可能であるが、安田先生が頑張って分析されておられた1950~60年代は、気の遠くなるような手動式の計算が求められた話である。
第1は、相関係数や回帰分析をするためにタイガー計算機という手動マシーンで「ガリガリ」とハンドルを回して計算したという話。まだ電卓計算機すらない時代の話で、平均値、分散や共分散、標準偏差、相関係数、回帰係数を、図にあるような部位の操作を繰り返しておこなうのである。その歴史や使い方は図の出典であるURLに記されているが、現在では、骨董品としてオークションで取引されている。これを使用して、1000サンプルの単回帰分析に挑戦してみる勇気があれば、真正の社会調査研究者といえるだろう。
第2は、クロス集計表の作成についての話。調査の質問紙に掲げられている選択肢番号をソート用のシートに穴をあけていく。たとえば性別(1か2に穴)の就業状態(0か1に穴)のクロス表を作成する際には、性別(2=女性)かつ就業状態(1=就業有り)の穴にそれぞれ鉄の棒を通して、これをくぐりぬけてきたシートを数え上げて人数を確定し、続いて女性で就業状態(0=就業なし)について同様の作業を繰り返す。これを男性についても実施してはじめて、男女別の就業状態のクロス表が求められる。
このような昔話を安田先生から聞かされて、「ふぅー」とため息をついた記憶がある。授業では主に、統計分析手法の学習が主であったが、先生の職人芸とも言える実証研究の体験談が妙に印象に残っている。私は1948年生まれの団塊の世代であるから、1925年生まれの安田先生よりは23歳も若い。その年齢差を私以降の世代に当てはめたら、1971年生まれになる。私が語れる調査データ分析の実作業は、1970年前後生まれの世代にとって「ふぅー」とため息交じりの反応を引き起こすことになるだろう!?