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2016年1月8日(金)
委託調査の醍醐味
大手前大学教授
鳥越 皓之
くつろぎ
委託調査の醍醐味
大手前大学教授   鳥越 皓之
2016年1月8日UP

「研究としての調査」にくらべて、「委託調査」は社会学者の間ではなんとなく胡散臭く見られる傾向がある。そう見られるのは、自身の問題関心からの研究ではなくて、行政など他者の関心に従っているからであろう。私は長らく行政からの「委託調査」にも携わってきた。代表的なものとしては、琵琶湖の調査に10数年、霞ケ浦の調査にもおおよそ10年従事した。その現場経験と実感を述べてみたい。

これらふたつの湖を管轄しているそれぞれの行政(滋賀県、茨城県)は、水質の悪化に直面していた。それは深刻な問題であった。ともに大都会の飲料水の水源としての役割を担っている湖だからである。水質というと、それは理科系の仕事であろうと一般には思われている。事実、多くの理科系の研究者が活躍している。だが、実際に調査をしてみて、社会学者以外では担当の難しい部分というものもあることが分かった。

理科系の研究者は、水の無機物・有機物の含有量や、魚などの動物、植物、水温、地質、水の流入量などに関心を集中させている。そして具体的施策としては、特定の水生植物の間に水を通し、植物が養分を得ようとすることによって水質がきれいになるというようなメカニズムを研究したりしていた。また、工学部の研究者やエンジニアの人たちは、汚れた水を浄化する技術研究に専念していた。すなわち、理科系の研究は「汚れた水をどのようにしてきれいにするか」という点に関心が集中していたのである。

しかし、この問題の根本的解決の本質は「水を汚さない」ことである。では「汚しているのは誰なのか」と問いかけてみると、それは植物や魚や鳥などの動物ではなくて、「人間」である。そのため、汚している本人=人間=地域住民の調査・分析が必要になってくるのである。また、汚す程度を減らすためには、水を使っている地域住民(農業、工業を含む)の地域社会のシステムを知ることも必要になってくる。これは文科系の中でも心理学や経済学、法学ではなく、社会学の得意とする分野である。私自身、実際に意味のある社会学的調査が行えたと思っている。

たしかに、委託調査の評判はさほどよくない。昔は行政に頼まれて仕事をする人たちをさして御用学者とレッテルを貼り、悪口を言っていた人も多かった。けれども委託調査にも醍醐味はある。1つは、社会学的分析が施策として実行されることである。行政とはさまざまな議論を重ねる。担当行政としては緊急の課題をなんとか解決しなければならない。社会学者としての私たちもまた緊張感のなかで、行政も住民も納得できる政策や施策提示のために信用できるデータと社会学的智恵を提供しなければならない。社会学的な提案に則った施策が実行されていくときは、社会学共同体の人間として素朴にうれしいものである。そこでは社会調査の結果が役立ち、社会学的創造力が発揮されるからである。

2つめは、社会学共同体以外から、じつに多くを学べることである。施策を討議する行政の委員会において、地域空間に関わる自然科学の最先端の考え方、経済学や法学の論理の立て方、行政や住民の立場や発想。それぞれの人たちの苦労と挌闘の実態を教えてもらい、感動を覚えることさえある。

3つめは、現場の社会問題を通じて人間というものを学べることである。湖辺にたたずんで住民と話をしていると、「暮らしの深さ」ともいえるものを教えられるのである。これら3つは、課題解決のための委託調査によってこそ深く学べることであり、それが自分のあらたな社会学的創造力を刺激してくれるのである。