活躍する社会調査士
現役社会人として活躍する先輩からのメッセージです

香川直子(専門社会調査士)
2011年3月 京都大学大学院文学研究科社会学専攻修了
株式会社帝国書院勤務(2011年入社)

※所属は『社会と調査』掲載時のものです。

一つひとつの図版の先に

大学時代は社会学を専攻していた。研究室の先生や先輩方が、どっぷりとフィールドに浸かり、インタビューや参与観察などを通して分厚い調査を積み重ねている姿に憧れた。調査の手法や社会調査をとりまく歴史を学びながら、授業では三重県南紀州地方を、自身の研究では、沖縄県本島北部の村をフィールドとして調査した。文献や統計資料にはなかなか現れにくい、現地で暮らす人々の声を聞き取ることに夢中になった。

卒業後は、教科書や教材を発行する会社で、教員向けの定期刊行冊子や資料集の作成に携わったのち、現在は、中学生・高校生向けの地理の教科書の編集を行っている。

自分が中学生や高校生の頃には意識しなかったものの、教科書や資料集にはさまざまなグラフ、表、地図などの図版が掲載されている。編集者の業務のなかでは、こうした図版作成も重要な仕事である。とくに、地理の教科書や資料集には、学習内容を補足したり理解を助けたりするための図版が数多く掲載されるため、ページの趣旨に即した適切な図版を作成することが大切だ。

図版作成にあたっては、まずは出典となる統計データを収集するところから始める。国連や各国の公的機関が公表している資料、日本政府・各自治体が発行している書籍、統計書、ウェブサイトにあたり、適切なデータかどうかを精査する。データに問題がないと判断したら、そこから必要な要素を拾い出していく。

このときに心がけていることが二つある。一つ目は、どのような基準でデータを取捨選択するのか、よく検討することである。導き出したい結論が明確であればあるほど、データの選び方が恣意的になるおそれがある。例えば、経年変化をみるには何年ごとのデータをとるか、どの国のデータが有用か、あるいは上位何か国のデータがあれば必要な傾向が見えてくるのか、実際に図化しながら何度も試行錯誤するのだが、つい作成者にとって都合のよいデータを選びがちになる。もちろん、掲載するページの趣旨と齟齬のないようにする必要はあるが、データに作成者の意図を過剰に押しつけないよう常に留意している。

二つ目は、加工したデータを図化する際に表現方法を工夫することである。教科書・教材という性格上、中学生や高校生にとって読み取りやすい表現はどのようなものかという視点は欠かせない。高校生であっても、一つの図版から読み取れる要素はせいぜい二つほどだという指摘もある。さきほどと矛盾して聞こえるかもしれないが、図版には作成者の意図や読み取るべき要素が明確であることが求められてもいる。また、近年はユニバーサルデザインの観点から、図版の色や大きさ・形、配置場所など、さまざまな点に配慮する必要もある。

これらのことは、データを扱う人にとってはとても基本的なことだろう。しかしながら、このエッセイを書く機会をいただいて改めて思い返してみると、データを懐疑的に見ること、表現方法に慎重になることは、すべて大学での調査研究を通じて身に付けたことだと気づかされた。あの頃の学びを、こんなふうに今の仕事に生かせているのかと思うとうれしい。

一つひとつの図版の先には、中学生や高校生の読者がいることに想いを馳せながら、今日もまたグラフや地図の作成に邁進したい。これは、インタビューした人々の顔や表情を思い出しながら語りをまとめる作業にも似ているな、と思いながら。
(※『社会と調査』23号(2019年9月)より転載)

  • 2022年4月15日UP

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