伊藤貴史(社会調査士)
2018年3月 東北大学大学院文学研究科人間科学専攻行動科学専攻分野修了
株式会社H.M.マーケティングリサーチ データドリブン推進部 勤務
※所属は『社会と調査』掲載時のものです。
私が学生時代に所属していた東北大学の行動科学研究室では、社会調査やコンピュータ・シミュレーションなどで得られたデータを通して人々の行動や意識を理解することが大きな研究テーマになっていました。
人々の様々な行動は、仮定や前提をもとにコンピュータによるシミュレーションをとおして知ることもできます。一方で、人々の意識がどのように行動に結びついているのかについては、社会調査によって検証する必要があります。さらに、人々の意識を可能な限り正確に調査しようとすると、調査の「設計」にも注意しなければなりません。私は大学の講義や演習を通して、人々の意識を偏りなく反映できる技術を磨き、それを仕事や研究の場で活かそうと考え、社会調査士資格を取得しました。
私は現在、マーケティング・リサーチを主要事業とする会社で、主に分析を担当するアナリストとして働いています。学生時代に調査の設計から結果の分析までを一人で進めた際、きちんと設計した調査を実施しても、分析手法についての深い理解がなければ、調査の結果から価値のある発見をすることは難しいということを学びました。
この体験から、社会調査法を理解したうえで、問題設定やデータ構造の特性に応じて適切な分析手法を選択し、適用することにやりがいを感じるようになり、分析を専門に担当するデータアナリストという職種を選びました。
「マーケティング」とは、モノやサービスが売れる仕組みを作ることです。モノやサービスを「売り込む」のではなく、消費者が自然と「買ってくれる」よう、企業は自社商品の開発コンセプトや消費者ターゲットを常に考えています。マーケティング・リサーチは、実際の消費者に話を伺う「調査」をとおして、新商品のコンセプトの受容度や既存商品の改善点などを明らかにすることで、企業の意思決定を支援す、重要な役割を担っています。
マーケティング・リサーチ企業が作成するアンケートでは、消費者がどのような理由で商品を選んでいるのか、商品を見てどのように感じたか、というような「意識」の側面を知ることを目的とします。この目的を達成するためには、消費者の意識に偏りが生まれないよう、質問の数や順序、質問文に細心の注意を払います。例えば、ある商品のCMが「どれだけの人に認知されているか」や「CMの印象」を調べたいとします。インターネット調査などで、実際に動画を見せるさいに、その順序を間違えると、CMの「認知率」に偏りが生じてしまう可能性があります。アンケートの対象者も人間ですので、必要以上に多くの設問をすると、回答が煩雑になってしまうこともあります。
こうした検討事項は、社会調査法で学んだ対象者の抽出や調査の設計、設問文のコーディング法などの知識をもとに議論が進むので、社会調査士資格の取得にあたって学んだ多くのことが活かされています。私はアナリストとして、アンケート調査だけでなく、店舗にあるレジが記録している売上データや、ポイントカードの利用データ、Webページへのアクセスログなど、消費者が「実際に行動」した結果得られたデータ(アクチュアルデータ)を組み合わせて分析しています。こうしたデータを組み合わせることで、「この商品のCMをよく見ている人は、一緒にこんな商品も買っている」というような、アンケートでは表出しない要素が見えてきます。
私はアンケートの設計業務にはあまり携わりませんが、分析を担当する立場から、他部署で設計された調査の設計意図やアウトプットの方針を議論し、的確な分析アプローチを提案しています。アクチュアルデータでの分析結果も踏まえながら、より高い付加価値を提供できるようにサポートしています。ビッグデータや人工知能というワードが注目されるなか、アナリストは調査とアクチュアルデータの組み合わせにより新たな価値創造に貢献できます。そこに私はやりがいを感じながら、日々データと向き合っています。
(※『社会と調査』23号(2019年9月)より転載)