橋爪裕人(専門社会調査士)
2017年3月、大阪大学大学院 人間科学研究科博士後期課程単位取得退学
公益財団法人たばこ総合研究センター勤務(2017年 4月入職)
※所属は『社会と調査』掲載時のものです。
私の現所属先は、公益財団法人たばこ総合研究センターという、社会科学系では珍しい民間の研究機関である。ここで私は、研究員として社会学の研究に従事している。研究機関とはいっても学術研究を行っているのは、私と心理学が専門の研究員1人だけという、小さな組織である。財団名は昨今の社会情勢を鑑みるとなかなかに刺激的ではあるが、「たばこ」を擁護する立場に偏って研究するわけではもちろんなく、「たばこ」のみを研究対象とするわけでもない。財団としての研究対象は、お茶やコーヒー、酒、たばこをはじめとする嗜好品である。研究員の専門分野が社会学と心理学なので、嗜好品の化学的、医学生理学的な側面ではなく、文化的な側面や社会的な側面、人間生活とのかかわりを中心に研究している。
財団にとって、社会学を担当する研究員は私が2人目であり、量的調査を専門とする研究員は私が初めてである。財団としては過去にもいくつかの社会調査を実施しているが、必ずしも社会調査の専門的な知識に基づいた設計にはなっていなかった。私は専門社会調査士として、特に量的調査の専門家として、過去に実施した社会調査の問題点を洗い出し、よりよい調査を設計するように心がけている。例えば、実施の容易さを優先するあまり、ランダムサンプリングとはいえない抽出方法であったものを、選挙人名簿や住民基本台帳を用いた層化多段無作為抽出に改めた。さらには、必要であるにもかかわらず質問されていなかった項目を、新しい調査では採用するように提案もしている。
社会学の研究者は私だけなので、財団として独自に行う新しい調査は、主に私の関心に基づいて企画・設計することが可能である。これは、私のような若手の研究者にとっては非常に恵まれた環境であると思う。調査の企画・設計から、実施、データ分析、結果の発表に至るまで、基本的には1人で行うため、負担はそれなりに大きいが専門社会調査士として、これまでに学んだことをフルに発揮できる良い機会を得ている。社会学において嗜好品が研究対象に取り上げられた例はあまり多くないが、フランスの社会学者、ピエール・ブルデューが指摘した飲食の好みと階級の関係性に代表されるように、特に文化やライフスタイルに関する研究として、嗜好品は大きな可能性を秘めているように感じる。
しかし、嗜好品に関する社会学的研究はまだ始まったばかりである。これから多くの調査・研究を重ねつつ、社会学の新たな分野を開拓する一端を担えれば幸いである。現在分析中の調査データや、実施中の調査もあるので、意欲的に研究成果の発信を行っていく所存である。併せて、社会科学の分野においても民間の研究機関の存在を、より多くの研究者に知ってもらうことができれば望外の幸せである。
(※『社会と調査』22号(2019年3月)より転載)