2024年12月16日
AI(人工知能)の時代、教育現場も大きな転換期を迎えている。2024年、ノーベル物理学賞がAI研究者たちに授与されたことで、AIの注目度は一段と高まった。5年前、日本政府は「AI戦略2019」でAIを活かす人材の育成を掲げ、「教育方法の抜本的な改善」を訴えた。その流れで高校では「情報Ⅰ」が必修化され、大学でもデータサイエンス系の学部や学科が急増した。
筆者はひょんなことから、現任校でデータサイエンスの教育プログラムを策定することになった。昨年10月のことである。それ以来、自分の調査研究はほとんど中断してデータサイエンスと社会調査の共存を模索している。AIを作ったり使ったりする教育は面白いが、それだけでは物足りない。本稿ではその過程で見えてきた課題や対応策を紹介し、教育と社会のあり方について考察する。
2020年4月以降、全国の大学等で「数理・データサイエンス・AI教育プログラム」が実施されている。このプログラムは、概ねAI等の重要性を学ぶ「リテラシーレベル」と、実際にAI等を使う「応用基礎レベル」に分かれる。文部科学省の要件に従って授業を行い、認定を受ける制度である(制度紹介ページ)。筆者の大学では一年次に「リテラシーレベル」、二年次に「応用基礎レベル」を設けて、それぞれの認定を目指すことになった。
本稿ではさしあたり制度上の学修事項を「データサイエンス」と呼ぶことにする。データの質や扱い方、公的統計や統計学に関する学びは社会調査と共通している。だが、数学や情報学、AIのプログラミングといった内容は全く異なっている。人文・社会分野の学生や教員にはしばしば不安や疑念を与えてしまうため、それを解消するための説明や宣伝が必要となる(プログラム紹介映像)。こうした努力を積み重ねて学内外の理解を醸成している。
とはいえ、授業が始まるとデータサイエンスの魅力はすぐに伝わる。とくに、①リアルタイムデータ等を瞬時に取り込み、②AI等の便利ツールでデータを綺麗に読み解くことで、③社会の課題にスマートな解決策を提供できるのが面白い点だ。そうしたステップを実演すると、教室からはしばしば「オオっっ!!」と歓声が上がる(授業の一例)。教員としても色々と「社会調査で使える」知識や技術を学べる授業である。
しかし、悩ましいのはその先である。そうした知識や技術を学んだ学生たちが社会調査への興味も持つかといえば、これは全く別問題なのだ。私見ではあるが、社会調査の学びにおいては、④社会問題に関する考察を重ねながら、⑤データ収集から分析・発表までを体験し、⑥そこから得られた気づきを世間の人々と共有していくという一連のプロセスが重要である。ところが、どうもこれはデータサイエンスの必修事項には馴染まない。どちらかといえば「事業者や自治体のニーズに応えよう」という切り口の方が講義しやすいのである(授業の一例)。こうして社会調査の研究者にとっては、データサイエンスを社会調査に結び付けにくいというジレンマが生まれる。
そこで、こうしたデータサイエンスと社会調査のギャップを埋めることが必要であると感じられた。そのためには、なるべく初年次の学びにおいてデータエンジニアリングならびにフィールドワークの全体像を把握できるようにしたい。そのような考えから、上述の①②③というステップを辿って一定のデータシステムを作り、それによって④⑤⑥という社会還元のプロセスを体験できるようなプロジェクトを模索したのである。
昨今は事業者や公共機関から様々なデジタルコンテンツが公開されており、その利活用が進んでいる。学術機関や教育組織もオリジナリティのあるデータプラットフォームやデータアーカイブを開発している。そうした中、とくに目を引いたのが広島発と長崎発のコンテンツと戦災学習の取り組みだった(注1)。筆者の研究室も、学生たちや地域の皆さんと勉強を重ね、いくつかのプロジェクトに着手した。
そのひとつが地域の関心にかなうような災害史アーカイブの構築である。1990年11月に始まる雲仙・普賢岳の噴火災害を題材とした。雲仙・普賢岳は、長崎県の南東、有明海に突き出た島原半島の中央に位置する。筆者の大学からは至近の距離にあり、学生と教職員にとっては身近な山のひとつである。災害当時の報道記事が1万本ほど紙ベースで保管されているため、これらをスマートフォン(以下「スマホ」)のアプリ上で表示できるような仕組みを考案した。これにより、地域史や防災の教育・研究に掉さすことを目指した。
まずは無料のクラウドサービスでデータシステムを作ることで学生たちが自ら上述の①、②、③というステップを辿れるように図った。具体的には、①手分けしてGoogle Drive(「ドライブ」)の共有スペースに記事の画像や概要情報をアップロードし、②Glide(「グライド」)というサービスでスマホアプリを作り、記事のデータが自動で取り込まれるように設定した。そうすることで、③スマホ上の操作だけで災害報道のカラフルな紙面を再現できるようになったのである。みるみるうちにコンテンツが充実していったのは面白い経験だった。構築されたデータセットは取り出して分析できる(論文の一例)。残念ながら、アプリ自体は記事の著作権により公開できない。
加えて、地域の人々、自然の景観、そして各種の資料に触れることで上述の④、⑤、⑥というプロセスを体験できるように工夫した。具体的には、④専門家の方々から災害史の記憶と記録に関するお話を聞き、⑤公立図書館に足を運んで貴重資料をデジタル化し、⑥現在も山麓に暮らす保護者や専門家の皆さんとアーカイブの活用法を練っている。これにより、学生たちは地域の皆さんとともに考えることの面白さを実感できる。とくに専門家との懇話会(ゼミ活動の紹介)ならびに火山の山麓視察(ゼミ活動の紹介)は刺激になったようである。
こうしてどうにかデータサイエンスに関連づけて社会調査を実施する手がかりを作ってきたが、まだまだ課題は山積みである。そのひとつは、二年次以降のデータエンジニアリング教育への接続である。将来的にはクラウド上でビッグデータを取得できるようなシステムを構築したり、データベースの操作やプログラミングをおこない、ウェブサイトにアウトプットしたりできる教育・研究ツールへの発展も考えられる。これらの点は社会調査の実践としても重要となるだろう(注2)。
もっとも、データサイエンスの制度は必ずしも社会調査の要素を求めていない。そのため、上述の内容はゼミの中で実施するにとどめ、制度上のカリキュラムからは外している。このこともあり、大学全体としてはミニマルなカリキュラムで授業を構成し、認定を申請することとなった。2024年8月には「リテラシーレベル」が認定された。2025年は「応用基礎レベル」の認定を目指している。今後も学生および社会のニーズに応える模索は続くだろう(注3)。
最も大切な論点が最後になった。2024年12月10日にストックホルムでノーベル物理学賞を受賞した一人、ジェフリー・ヒントン氏はAIの危険性に警鐘を鳴らす第一人者である。とくに、表彰式に先立って「各国政府はAI兵器について自己規制をしていない。軍拡競争が進んでいる」と述べたことは注目された(読売新聞 2024年12月8日)。データサイエンスの教育現場では全く抜け落ちている問題である。
周知の通り、同じ日にオスロでノーベル平和賞を受賞したのが日本原水爆被害者団体協議会(被団協)である。代表委員らは現地でパンフレットを配って〈核兵器は絶滅の兵器、人間と共存できません。〉などと訴えている(読売新聞 同上)。じつはそうした大量破壊兵器にも比類すべきなのが、ほかならぬAI兵器の非人道性である。痛みを感じない知能が人間たちを殺戮する現代の戦場は、原爆の無差別性を思い起こさずにいないからだ。
データサイエンスも社会調査も、このような世界全体の問題と無関係ではないはずだ。かつてヘルベルト・マルクーゼは「テクノロジーによる解放の力、すなわち物事の道具化は・・・人間の道具化に転じる」と喝破した(One-Dimensional Man, 1964)。昨今の教育現場は、知識や技術を世のため、人のために使おうとする意思の力を育んでいるだろうか。2024年のノーベル賞は、そうした問いを投げかけているように思われる。
注1 とくに参考にしたのは、2011年制作の「ヒロシマ・アーカイブ」ならびに2023年公開の「被爆前の日常アーカイブ」である。前者は高校生や大学生が高齢被爆者にインタビューした映像をマップ上に配置し、後者は市民が提供した古写真を収載している。小学生や中高生に向けたワークショップにも活用されるなどデータエンジニアリングとフィールドワークをかけあわせた教育・研究ツールとなっており、学ぶところが多い。
注2 たとえばAPIの利用による大規模データの処理、SQLによるデータベース構築、Google Colaboratory (Colab) の環境におけるPythonのプログラミング、機械学習によるモデルの構築、Looker Studio 等のBIツールへの接続が考えられる。社会調査におけるビッグデータやAIの活用については『社会と調査』の諸特集を参考にしてほしい:第22号「社会調査に携わる人のためのビッグデータ入門」、第27号「社会調査の再現可能性とデータ標準」、第31号「社会学・社会調査における機械学習の応用」ほか。
注3 本稿の執筆時点で両レベルの認定件数はそれぞれ494件および243件となっている。なお2024年2月には「モデルカリキュラム」が改訂され、ChatGPT等の生成系AIに関する授業が要件に加わった。2025年に行う申請からはこれを満たしておくこととなっている(2025年度の申請では経過措置が適用される)。
2024年5月20日
2023年3月8日
2022年6月13日
2018年以前の記事は旧「社会調査NOW」からご覧いただけます