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参加型研究に適した現地調査支援ツールの開発

立正大学/原田豊

2024年5月20日

「身近な地域の問題の解決に取り組む現場を、研究者はどのように支援できるのか。」この問いを強く意識しはじめてから、十年余りになる。その間の試行錯誤のなかで気づいたことは、現場に役立つ研究をめざすなら、その研究自体を、現場の当事者の方々とともに、「参加型研究」として進めるべきだということである。

一方で、こうした参加型研究の過程を、多少なりとも客観性のある形で記録することには、いわば全力疾走しながら「自撮り」するような難しさがあるとも感じる。とくに、自分にとっての主要な現場である「地域の安全点検活動」は、基本的に屋外を移動しながら行う活動であるから、「いつ・どこで・何が」行われたのかをセットで記録する必要があり、通常の社会調査にはなじみにくい面がある。

この問題に対処する一法として、筆者らは『聞き書きマップ』というプログラムを開発した。これを使えば、上記の「いつ・どこで」の部分を、スマートフォンなどのGPS機能によって計量的データとして記録し、「何が」の部分を、現地で撮影した写真と「語り」の録音という質的データとして記録し、両者を紐づけて地理空間情報として扱うことができる。『聞き書きマップ』アプリ上で任意の写真を選べば、連続録音した音声から、その写真の撮影時刻に対応する部分が「頭出し」再生され、同時に、その撮影地点が中心に表示されるように背景地図が移動する。これにより、「いつ・どこで・何が」語られたのかを、簡便かつ効率的に再現できる。とくに、当事者の方々の「語り」は、ふと目についたものがきっかけで突然始まることが多いため、それを取りこぼすことなく記録・再生できることが『聞き書きマップ』の一つの強みとなっている。

近年の情報技術の革新により、『聞き書きマップ』にも一つの転機が訪れている。その第一は、オープンソースGIS(地理情報システム)への移植である。具体的には、QGISという汎用のオープンソースGIS上に、そのプラグイン(機能拡張プログラム)として『聞き書きマップ』を移植する作業を、2021年春から進めている(Windows版『聞き書きマップ』のQGISプラグイン化)。これにより、無償かつ持続的に『聞き書きマップ』をユーザに届ける基盤が確立するとともに、従来以上に本格的な地図づくりも容易になる。

第二は、音声自動認識技術の導入である。2022年秋に公開された音声自動認識エンジン Whisper により、屋外で記録された『聞き書きマップ』の音声も、かなりの精度で認識可能になった。これにより、音声を「聞き書き」する作業の大幅な省力化が実現する。

第三は、『聞き書きマップ』の多言語・多地域対応化である。Qt Linguist というツールを用いて『聞き書きマップ』の画面表示を外国語に変更し、世界各地の時差を自動補正する機能を追加実装したことにより、海外のユーザにもこのツールを届けられる見通しが得られた。

これらの技術開発と並行して、身近な実践の現場に『聞き書きマップ』を届ける取り組みも進んでいる。これまでに、千葉県・神奈川県などの複数の小学校で、児童自身による通学路の安全点検活動に取り入れていただき、学校のウェブページなどでその一端が紹介されている。

こうした実践現場での運用経験は、研究開発する側にも新たな「気づき」をもたらす。たとえば、小学生による通学路点検は、必ず複数のグループで地域を分担して行われるため、それぞれのグループが記録したデータをまとめて扱えるしくみが求められる。これを実現するため、今年の春休み期間に『聞き書きマップ』のデータ構造を根本から見直し、複数のデータを地図上に一覧表示し、ぶら下がりメニューでアクティブなデータを切り替えられる機能を追加実装した。研究成果の「社会実装」とは、このような現場とのやり取りを通じて、当初の「成果物」を「実用品」へと育てていくプロセスに他ならないと感じている。

現在、このQGISプラグイン版『聞き書きマップ』をQGISの公式プラグインリポジトリで公開することをめざして準備中である。これが実現すれば、世界各地で参加型研究に取り組む方々に、その取り組みを記録する新たなツールを提供できると考えている。