2020年3月5日
前回述べたように、商用のボランティア・パネルを学術研究で用いる例が増えている。インターネット母集団に依拠し、ボランティア・パネルを用いる限りは,緻密な調査設計を行ない、取得データを巧みに分析してみせても、所詮は砂上の楼閣となる。
ここまでに述べたことから、いまのままではウェブ調査は危なげな調査方式であり、学術研究に用いることはリスクが大きいとの懸念は払拭できない。また,学術研究においては、便利なツールだから用いるでは不十分なのである。ウェブ調査の特性を科学的見地から評価・検証し、その特性を熟知したうえで用いるべきである。どのようなウェブ・パネルを使っているかも知らずに、不十分な調査計画のまま丸投げ調査を行うなどは論外である。
昨年夏に“The Science of Web Surveys”の翻訳書「ウェブ調査の科学」を上梓した。原著者の一人Couper氏から献本を受けこれを通読したときに、欧米のウェブ調査研究はここまで進んでいるのかと、あらためて自分の不勉強を思い知らされた。
かつて筆者も多くの調査機関のご協力を得て、産学共同研究として多数の実験調査を行った(たとえば、[13]、[4])。こうした経験や諸外国の研究動向を調べる過程で、ウェブ調査を確かな調査方式とするには、すくなくとも以下のような研究課題に取り組むことが要事と考えている(詳しくは[5]の「訳者まえがき」、「日本語版によせて」を参照)。
筆者の印象では、欧米に比べ研究の質・量ともに遅れがあることは否めない。しかし、調査方法論研究の歴史的経緯や調査環境の基盤が欧米とは微妙に異なる日本では、欧米研究をそのまま無為無策に受け入れることも適切ではない。
最近、あることを繰り返し指摘している。日本特有の優れた抽出枠(住民基本台帳,選挙人名簿)を活用した確率的パネルを構築し、非確率的パネルとの比較検証や混合方式による実証研究を行うことである。閲覧制限があるとはいえ、欧米とは異なりこうした抽出枠を利用できることは最大の利点である。これが既存のボランティア・パネルの信頼性を裏づけることにもなる。この方向での実証的調査も行われるようになってきたことは注目に値する。
米国では最近、電話調査の標本構築でRDD方式をやめABS方式(米国郵政公社CDSFの住所情報に基づく抽出)による確率的パネルとし回答はウェブ方式で集める方法([1]、[15])やABSを用いる郵送調査(たとえば[16]を参照)などが登場している。つまりできるだけ確率標本に近づける努力がなされている。
昨年の10月、「市場・世論・社会調査及びデータ分析サービスに関するJIS」(JIS Y20252)が制定・公示された。JIS法の改正・施行に伴い(2019年7月1日)、新たにこうしたサービス分野を対象とした規格が設けられた。
これの利点がいろいろ指摘されている[10]。これの取得・遵守がクライアントの正しい理解や意識向上となり、ひいては調査品質重視の信頼できる調査機関・企業の証しとなって信用力の向上に繋がるというのである。
内容をみると、少なくともウェブ調査に関しては、規格審査を経て認証取得し遵守することは簡単ではなさそうにみえる。とくに小規模のウェブ調査専業社にはかなりハードルが高い。これがあまねく周知徹底するにはそれなりの時間がかかるであろう。ともあれ個人情報保護法やプライバシーマーク制度などの法整備に加えて、こうした規格の発効が今後の調査環境の改善や調査の質の向上につながることを期待したい。
科学性のない論拠に乏しい議論や中傷は不毛なことである。ウェブ調査に関心のある者が相互に協働し、いかにうまく利用できるか、どういう場面で有効に使えるのか、適切な「使い道」を探すことが緊要である。
言うまでもなく、周到な調査設計、的確なデータ収集方式、優れたデータ分析のスキルは三位一体でありどれもが重要な要素であり、これは「データの科学」に通底することである。現状をみるに、一層の危機感をもって、具体的な実証と科学的検証を通じ,望ましいウェブ調査とはなにかに応えることが求められている。
[参考文献]はここから参照