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コロナ禍のエスノグラフィーと「デバイド」

明治大学/藤田結子

2021年10月29日

コロナ禍でどのようにエスノグラフィーを行うのか、世界各地の人類学者や社会学者の間で議論が巻き起こった。海外ではロックダウンにより外出できない地域・時期があり、現場に通わなければならないエスノグラファーにとって深刻な問題となった(e.g., Fine and Abramson 2020)。日本でも文化人類学者たちが、「デジタルプラットフォームを用いたエスノグラフィー」について、オンラインでの医師たちへのインタビュー調査を例に、その意義や課題を議論・整理するといった重要な試みをしている(照山ほか2021)。

筆者も同様に、デジタル技術を利用し、2020年の緊急事態宣言中にインタビューを試みた。相手は、コロナ禍前から調査に協力していた子育て中の女性たちである。Zoom等を普段から利用しているのは一部の層に限られたのに対して、ユーザーの多い LINEは音が聞こえにくくとも役立った。筆者はこのようなデジタルデバイドの他にも、違うタイプの「デバイド」に気づいた。以下は2人の幼児を育てながら働くケアワーカーの女性・Aさんと筆者の通話である。

筆者「いつもと仕事の時間帯は変わりましたか」

Aさん「前と勤務の時間帯は変わんないんですけど、結構忙しくて。残業が多いので。……やっぱこの情勢で、人手不足なんで行かなきゃいけないっていうのもありますし、定時で帰れなくて遅くなっちゃうっていうのが一番ストレスですかね」

この会話が示すように、Aさんは緊急事態宣言中、コロナ禍前よりも長い時間職場で働いていた。職人として働くAさんの夫も同様に工場へ通勤しているという。ブルーカラーの夫がいる女性たちからは、夫はコロナ前と同じく職場に行って働いているという話が繰り返し聞かれた。今となっては、このような在宅勤務に関わる格差は、様々な報道や調査によって明らかにされているが、調査する側と調査される側の差でもあるのだ。

調査する側、とくに任期なしの職につく研究者は、大企業の正社員らと同じく在宅で仕事ができる恵まれた層である。授業や会議などがオンラインとなる「ニューノーマル」の一方で、ケアワーカーや職人などの調査協力者たちは相変わらず職場に通う日常が続いていた。また、オンラインではできない子どものケアが仕事である専業主婦からは、近所で会って話す方がいいという希望が聞かれた。調査する側の「ニューノーマル」は彼ら彼女たちにとっての日常ではなかった。とはいえ、対面調査には感染のリスクがある。外出の禁止ではなく自粛となった日本では、対面調査をするか否か、調査者は難しい判断を迫られる時期があったといえる。

また、フィールドに行かないことでコロナ禍の「現実」が見えなくなるという懸念もある。上記の女性たちの日常もそうだが、2021年度に筆者が担当した授業では、ある院生グループは感染対策をしつつ、公園での炊き出しを参与観察し、コロナ禍で困窮する人々の状況を報告した。このような現場は行くべきでないし、オンラインでアプローチできない人々の状況は見なくてよい、とするのは最善策なのだろうか。

コロナ禍によって、調査における健康、研究倫理、フィールド調査の実習方法など、エスノグラフィー調査に難題が突き付けられた。正解は1つではなく、ケースバイケースで解決するしかない。アフターコロナにおいても、コロナ禍がエスノグラフィー調査にもたらした影響について、丁寧に議論を重ねていく必要があるだろう。

文献: