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Web調査の有効活用のために

東北大学・京都先端科学大学/佐藤嘉倫

2021年3月24日

私が委員長を務めた日本学術会議Web調査の課題に関する検討分科会では2020年7月に提言「Web調査の有効な学術的活用を目指して」を発出した。この分科会発足の背景には、無作為抽出標本を用いた従来型の社会調査に馴染んできた社会学者の危機感があった。それは、無作為抽出標本を用いないWeb調査の結果が独り歩きして人々に日本全体を代表する結果であるかのように解釈されているという危機感である。このため、分科会発足当時は「Web調査の問題点を列挙して、Web調査の利用者と受け手に警告を出そう」という雰囲気があった。

しかし分科会で議論を重ねるうちに、従来型社会調査の問題点とWeb調査の利点が見えてきた。従来型社会調査の最大の問題点は低い回収率である。回収率が低いこと自体は問題ではない。問題は、特定の集団(たとえば大都市に住む若年男性)の回収率が低いことにより、回収されたデータが母集団からゆがんでしまうことである。いくら標本を無作為抽出したとしても、回収データには偏りが生じてしまう。一方、Web調査では無作為抽出標本を用いないが、さまざまな特性を合わせたセグメントに、たとえば国勢調査で得られた分布に合わせた回答者数を割り当てることができる。

こう考えると、無作為抽出標本を用いる従来型社会調査の方がWeb調査よりも優れているという単純な主張ができなくなる。両者を適切に比較するためには、本欄に寄稿されている大隅昇先生が翻訳された『ウェブ調査の科学』やM. J. サルガニックの『ビッド・バイ・ビッド』で詳しく解説されている「総調査誤差」という概念が有益である。総調査誤差を図式的に表すと、次のようになる(上記提言3頁)。

総調査誤差=非観察誤差+観察誤差
非観察誤差=カバレッジ誤差+標本抽出誤差+無回答誤差

この図式を見ると、無作為抽出標本を用いているか否かは標本抽出誤差のみに着目した議論であることが分かる。他の誤差についてはWeb調査の方が小さい場合もある。たとえば観察誤差(測定誤差とも呼ばれる)は一般的にWeb調査の方が小さい。男性調査対象者が面接調査で性別役割分業に対する賛否を問われた時、たとえ賛成だったとしても見知らぬ女性調査員を目の前にして反対だと回答する可能性は否定できない。Web調査ではこの問題を回避することができ、観察誤差は小さくなる。

従来型社会調査とWeb調査の比較をする際には、標本抽出誤差のみに注目するのではなく、どちらの方が総調査誤差が小さいのか検討しなければならない。他にもWeb調査の利点はいろいろとある。詳細は上記提言を読んでいただきたいが、私が主張したいことは、従来型社会調査とWeb調査のどちらが優れているかという議論をするのではなく、それぞれの長所と短所を慎重に検討して、研究目的に適した調査モードを選んでほしい、ということである。