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公的統計の点検検証を通じて考えたこと

日本大学経済学部 川崎 茂

2019年7月4日

昨年末に発覚した毎月勤労統計(以下「毎勤」)の不適切処理の問題を発端として、公的統計に対する国民の信頼が大きく損なわれることとなった。統計委員会(注1)では、総務省からの要請を受け、新たに点検検証部会を設けて公的統計全般にわたる点検・検証を行った。筆者はその審議に委員として参画した。審議の結果は、6月27日、総務大臣に「建議」として提出された。

本稿では、この「建議」について、私見を交えながら手短にご紹介したい。

影響度の観点による問題事案のレベル分け

問題事案への対策を検討するには、その実態を正確に把握することが重要である。このため、部会では、問題事案の内容と影響度を個々に評価し、最も深刻なものから軽微なものまで4段階(レベル Ⅳ~レベル Ⅰ)に分類・整理した。ここでは、政府による基幹統計調査及び一般統計調査の一斉点検で発見された事案、それぞれ24調査及び156調査に関するものを対象とした。

表1 一斉点検で報告のあった調査等の影響度評価
影響度区分 基幹統計調査 一般統計調査
レベル Ⅳ(数値誤りあり、利用上重大な影響あり) 1調査 なし
レベル Ⅲ(数値誤りあり、利用上重大な影響なし) 2調査 16調査
レベル Ⅱ(数値誤りなし、利用上支障を来す) 21調査 140調査
レベル Ⅰ(数値誤りなし、利用上支障なし)

その結果(表1参照)によると、最も深刻な事案(レベル Ⅳ)は、1件(毎勤)のみであった。また、数値誤りはあったが影響度の比較的軽微な事案(レベル Ⅲ)は、基幹統計調査で2件、一般統計調査で16件であった。その他の事案(レベル Ⅱ又は Ⅰ)は、業務上の手続き誤りなどが多く、数値に誤りはなかった。

本年前半のマスコミ報道では、これら問題は「統計不正問題」と総称されていた。しかし、この評価結果によれば、これは過度に一般化されたネーミングであったと筆者は考えている。「不正」という言葉は、おそらく毎勤の問題にのみ当てはまると見るべきだろう。毎勤では、2004年から10数年にわたり、適正な手続きを経ずに調査方法が変更された結果、誤った統計処理が行われた。さらに、2018年には、是正を行いながらもその事実を公表していない。このような一連の対応は「不正問題」と言わざるを得ない。しかし、その他の統計の問題の多くは、集計時のチェック漏れ、転記ミス、手続き誤りなどであった。

これらの事案がひとまとめに「統計不正問題」と呼ばれたことによって、統計に対する不信の念が過剰に広がった一面がある。政府が点検結果を速やかに、かつ誠実に公表したこと自体は評価されるべきだろうが、もう少し丁寧に情報提供を行っていれば、誤解や不信が無用に広がるのを防ぐことができた可能性があり、筆者はその点を残念に思っている。

「ガバナンスの確立」と総合的品質管理の推進

レベル Ⅳの事案が1件だけであっても、問題は放置されるべきではない。レベル Ⅳに対して集中的な対策が必要であるのは当然である。一方、レベル Ⅲ以下の事案には、一歩間違えば重大問題となりうる「ヒヤリハット事例」も多いと考えられるので、それらが重大な事態を引き起こすことを未然に防ぐとともに、問題の発生を極少化するよう、継続的な取組が必要である。

「建議」では,その対策として次のような7つの方針が示されている。
  1. 品質はプロセスで作り込む
  2. 透明性を確保する
  3. 継続的にPDCAサイクルを回す
  4. 業務記録の保存を徹底する
  5. 必要な業務体制を整備する
  6. 府省間でノウハウ、リソースを有効活用する
  7. ガバナンスを確立する

公的統計の作成には、調査対象者、統計調査員、データ処理担当者など多くの人たちが関わる。統計処理におけるエラーは根絶されるのが望ましいが、ヒューマンエラーの発生を皆無にすることは、費用対効果の観点で現実的ではない。また、万が一、エラーが発生した場合には、事実を誠実かつ丁寧に開示し、利用面での悪影響を最小限にとどめることが必要となる。「建議」では、そのための対策として、これらの方針の下で総合的品質管理が必要であると指摘している。

このような取組は、本来、当然に行われるべきであり、政府の統計部局にはきちん対応しているところもあるが、残念ながら、取組が不十分なところも多く見られる。「建議」では、府省間でノウハウ、リソースを有効に活用しながら連携・協力して取り組むことを求めている。また、この取組の推進には、統計の専門人材が必要であることから、人材育成も進めるべきとしている。

おわりに

本稿においては、「建議」の詳細な説明は省略させていただくが、関心のある方には、統計委員会の公表資料やその他の論評等を参照していただきたい。

公的統計の品質の問題は、製造業など他の分野における品質管理の問題などと極めて類似している。これまで日本では、公的統計はおおむね信頼性の高いものと受け止められてきたと思われるが、この度の問題により、国民からの信頼は大きく損なわれた。一方、日本の製造業でも高品質が確保されていると考えられてきたが、一部の企業における品質不正の事案が発覚したことによって、品質に対する信頼が揺るがされた面がある。

品質に関する問題が発生すれば、それがごく限定的な事案であったとしても、全体に対して不信感や疑念が生じてしまう。一度失われた信用を取り戻すことは容易ではなく、問題発生の背景や原因を冷静に分析した上で、息の長い真摯な取組が必要となる。

この度の「建議」が政府において着実に実行され、公的統計に対する国民の信頼が従前以上に向上することを願っている。

注1 統計委員会は,統計法に基づいて総務省に設置された委員会である。

参考

第138回統計委員会 資料1-1「公的統計の総合的品質管理を目指して(建議)(案)」
月刊誌『統計』2019年5月号・6月号「特別企画 統計の信頼性向上をめざして」日本統計協会発行