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統計不正問題と公的統計調査のありかたについて

一般社団法人 社会調査協会 理事長 盛山和夫

2019年2月15日

毎月勤労統計調査に端を発する公的統計業務におけるさまざまな不正は、「エビデンス」をもとに進められるべき行政と政策策定のみならず、「エビデンス」に関する探求を担う学術研究にとってもきわめて深刻な問題である。2004年に毎月勤労統計において全数調査すべきところを抽出調査に切り替えた背景として、業務負担の重さや人員不足、あるいは担当者における専門的知識の欠如などが指摘されている。しかし間違った調査方法が長年にわたってとられてきたことだけが問題ではないだろう。もっと重大なのは、遅くとも2015年までにはそうした調査方法が規則上間違いであるのみならず復元処理をしていない点において統計上間違いでもあることに気づきながら、そのことが今日まで統計委員会等に報告されないで実質的に隠蔽されてきたことである。ここには公的統計調査のあり方としても見直すべき点があるように思われる。

今回の問題の背景には、端的に言って公的な統計調査における「事実への畏怖」の欠如ないし希薄化、そしてデータとその収集・分析方法は厳粛なものだという認識の不足がある。学術研究の世界では、データの不正はもちろん、間違いの隠蔽でさえ絶対にあってはならない重大な逸脱である。適切な収集法や分析法の遵守は研究者としての基本的職業倫理といってよい。本来、公的統計調査にも同じ規範が貫徹すべきであるにもかかわらず、残念ながらそうではなかった。

社会調査の質の維持向上と信頼の確保をめざす社会調査協会として、今回の統計不正の背景の一つに「調査プロセス」の軽視という問題がある点を重大なこととして指摘したい。今世紀に入る直前くらいから、世論調査その他のさまざまな社会調査において回収率の大幅な低下を中心とする調査環境の悪化はますます深刻さを増してきている。それは、公的統計も例外ではない。国勢調査をはじめとして「統計」データの多くの部分は、個人や世帯や企業などへの「調査」からなっている。そうした調査においても、正確なデータを高い回収率で収集することは以前より困難になり、信頼のおける調査データを収集するためには人材の育成や研修そして十分な経費の投入などがますます必要になってきている。

全数調査から抽出調査への切り替えは、こうした全般的な調査の困難と環境の悪化のなかで、調査の現場において安易にとられた選択であったと思われる。むろん、専門家はだれでも知っているように、一般論として全数調査から抽出調査への切り替えが間違いなわけではない。しかし、そうした切り替えは調査法上および統計学上適切な手続きや方法を踏まえなければならない。つまり、「調査の方法」は「信頼しうるデータ」の基盤をなす。残念ながら、今回問題になった調査の現場では、必ずしもこうした社会調査方法論上のイロハが周知されていなかったように思われる。

このことは、政府の統計調査行政について何らかの見直しがのぞましいことを示唆している。むろんこれまでの統計調査行政が、公的統計の整備とその有効な利活用の発展を着実に担ってきたことは間違いない。ただ、今日までの日本の統計調査行政には、統計法で個人や法人に調査への「報告義務」を課していることを前提にして、そもそもどのようにして正確で信頼しうる統計調査データを収集するかという「調査プロセス」の問題を軽視する傾向がなかっただろうかと疑われるのである。必要なデータを適切に収集するためには、経費、人員、訓練、組織その他において十分な体制を構築する必要がある。とりわけ調査にあたる職員等へは、統計学だけではなく調査方法論に関する必要かつ十分な教育と訓練が施されなければならない。しかし、これまでのところ、問題に直面している調査の現場に資するような対策は十分にとられてこなかったという点は否めないだろう。

現代社会はさまざまな統計調査データの基盤の上に成り立っている。その一方で、正確な調査データを収集することの困難も深刻さを増している。これは、公的統計も含めたすべての統計調査に共通する問題状況である。正確で信頼しうるデータを収集するため、適切な統計調査体制を再構築することは、官民を問わない急務の課題である。

このたびの統計不正問題は、公的統計への信頼を大きく揺るがしている。しかし、ここで単に信頼の喪失を嘆いたり行政のミスを声高に批判するだけで終わっていいわけではないだろう。重要なことは、この問題の発覚を契機にして、日本の統計調査行政の改善すべきところは改善し、公的統計のみならず他の統計調査データも含めて、より一層正確なデータを収集しうるしくみを構築して、日本の統計調査への一般的な信頼を高めていくことである。

そうした課題のため、社会調査協会および社会調査の専門家はけっして協力を惜しむものではない。