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2017年9月25日(月)
大統領選予測調査の「失敗」と 調査法の共同研究への期待
金沢大学 轟 亮
社会調査オピニオン
大統領選予測調査の「失敗」と 調査法の共同研究への期待
金沢大学 轟 亮
2017年 9月 25日UP

トランプ大統領のツイートが典型的だが、既存メディアの報道に対する批判が各国社会でなされている。そのなかにはメディアが実施し報道する世論調査(政治世論調査)に向けたものもみられる。トランプ大統領は2017年2月6日に"Any negative polls are fake news, just like the CNN, ABC, NBC polls in the election."とツイートした(negativeは、7か国の国民の入国を禁じる大統領令やメキシコ国境に壁を建設する大統領令に「反対」する比率が賛成よりも高いという意味)。

政治権力者が自分に都合の悪いニュースを嘘と断定して、メディアを攻撃する姿勢は、受け入れがたい。だが選挙予測調査の失敗という「事実」を持ち出されると、調査者やメディアは痛いところを突かれたと感じるだろう。一般市民も、全面的にではないにしろ、ある程度説得力を調査批判に感じるのではないか。アメリカ大統領選挙と同年の2016年には、英国のEU離脱国民投票でも予測調査に基づく予想が外れ、世界中に衝撃が走った。

改めて考えると、選挙の予測調査のように、事実と照合され、しかも「当たったか当たらなかったか」のどちらかで評価されてしまうことは、あまり他の社会調査ではみられない。筆者が参画する学術調査では、基本的属性について母集団分布と調査データの分布の一致を確かめるが、ある範囲で一致が確認できれば、調査目的である質問項目(例えば、生活満足度などの意識)の回答結果や変数間の関連の分析に向かう。これら項目の回答については、他の調査結果と比較することもあるが、選挙予測調査と同じようなかたちで評価されることはない。もちろん、学術調査は予測調査よりも甘い基準で評価されているとか、そういうことを述べているわけではない。ここでは、社会的な注目と、実際の投票結果によって一般の目でも明らかに評価される段階があるゆえに、予測調査は社会調査のなかで特別な位置にあることを確認したい。

多くの社会調査のテキストでは、1930~40年代のアメリカ大統領選予測をめぐる例を用いて、サンプルサイズではなくサンプルの偏りが重要だということ、さらには割り当て法も不十分であって、今日では無作為抽出法が調査結果の正しさを保証することを教えている。推測統計学の知識とともに、大統領選挙の予測という経験的事例が、世論調査を含む、現代の社会調査一般の信憑性を形成してきたところがある。そうであれば、予測の失敗は社会調査一般に対する信頼に影響する可能性がある。まさに大統領のツイートはそういう論理構成になっている。(予測調査の正しさと、調査データをもとにした選挙結果予測モデルの正しさを区別することができるだろうが、その違いは一般にはあまり理解されていないのではないか。)

たとえ日本での予測調査で同様の失敗が起こらなくても、欧米でのインパクトのある事例が、日本社会の「社会調査の困難」を悪化させることもあるかもしれない。ネット上の言説では、予測調査や世論調査、社会調査一般に対する直接的な批判がみられ、なかにはそれなりの知識を前提として述べられているものもある。例えば、この調査のサンプルは実際の投票者を適切に代表していないのではないか、リストの無い電話調査で世論を把握できるのか、電話利用者ではなくネットで行えば結果は大きく違うのではないか、サンプルの大きさが不十分ではないか、回収率が低いのは問題ではないか、メディアによって調査結果が異なるのはなぜか、用いたワーディングや質問順序は適切なのか、予断をもって調査結果を解釈しているのではないか、等々である。このような疑問に返答することは、社会調査への信頼の獲得のためにたいへん重要である。 筆者自身、2016年の欧米での2つの投票の予測調査について、いったい何が問題で予測が異なったのか、調査の専門家の分析や説明に関心を持っている。市民や大学生からみれば、私も調査の専門家の側にいると思うが、予測調査がどのようになされているのか、具体的な知識がない。自分の不勉強を反省しないといけないが、おそらく世論調査・予測調査、市場調査、学術調査が別々の目的をもって実施され、歴史的にそれぞれの業界が成立してきたことにも理由はあるのではないだろうか。しかし今や、各領域の調査活動をめぐる問題は、社会調査という同じ括りの活動の問題として捉えられ、影響が広い範囲に及び得る。さまざまな調査者・調査機関が、社会調査の困難への対応のために、協力して調査法研究を行う態勢が望まれる。

この点で、AAPOR(アメリカ世論調査学会)の委員会が2016年大統領選挙の予測調査の正確性について検証した報告は、予測調査の実施専門家(election polling practitioners)と、世論調査と調査法の研究者(scholars of public opinion and survey methodology)による共同作業の例として示唆的である(Ad Hoc Committee on 2016 Election Polling 2017)。各機関が実施した予測調査の個票データまでを用いて、検証を行っている。そこでは、トランプ票が過少推定された理由のひとつとして、州レベルの予測調査において、一般に調査協力しやすい大卒者が過大に反映されたが(大卒者はクリントン支持が多い)、多くの調査ではその調整がされなかった点が指摘されている。資金も含めた調査資源が州レベルの調査で不足しているという。また、トランプ投票者が投票日ぎりぎりまで投票先を決めなかったことも述べられている(調査でわざと嘘をついたという説については支持する証拠はないとしている)。この報告書の知見・主張そのものについては、別途、議論されるとよいと思うが、このような調査の事後的な検証作業が、諸専門家による共同研究として行われていることはたいへん意義深いと思う。

予測調査の実施の具体的手続きやウェイト付けなどの補正方法、あるいは結果予測モデルは、各社秘密の部分もあるかもしれない。しかし可能な限り情報が開示されて、日本においても調査とデータの質を事後的に検証する共同研究の機会があるとよいのではないだろうか。その結果が、社会が抱く調査への疑問に対する返答として発信されるなら、社会調査活動全体の信頼維持・向上に大きく資することだろう。

なお、このコラムでは、予測調査についてクローズアップしたが、学術調査の側が有する問題もあると思う。また、世論調査の主要な実施者である行政機関の役割も重要である。領域を超えた情報交換や共同研究が進められていくことを期待したいと思う。



文献
Ad Hoc Committee on 2016 Election Polling, 2017, “An Evaluation of 2016 Election Polls in the U.S.,” Oakbrook Terrace, IL: American Association for Public Opinion Research, (Retrieved September 4, 2017,
http://www.aapor.org/Education-Resources/Reports/An-Evaluation-of-2016-Election-Polls-in-the-U-S.aspx#EXECUTIVE%20SUMMARY)