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2016年9月6日(火)
調査と丁寧に向き合うこと
―JGSSの18年間の教訓―

大阪商業大学 岩井 紀子
社会調査オピニオン
調査と丁寧に向き合うこと ―JGSSの18年間の教訓―
大阪商業大学 岩井 紀子
2016年11月1日UP

1998年にスタートしたJGSSプロジェクトは、2015年までに日本版総合的社会調査を10回、特別調査として、2009年にライフコース調査、2013年にその追跡調査、2016年にJGSS-2015の追加サンプリング調査を実施した。巨額の調査費の確保、調査の企画と実施管理、韓国・中国・台湾チームとの協議、データ作成とクリーニング、コードブック作成、データ分析、学会報告、論文作成、公開データの寄託準備、ウェブの更新、共同研究拠点の報告書作成とヒアリング準備を並行して進める中で、調査に向き合う時間をとるのは難しい。しかし調査は、主として回収率の低下を通して危機を知らせ、丁寧に向き合うことを求めてくる。その危機に対峙し、研究者コミュニティに指摘することが、社会調査の改善に繋がってきた。

回収率は、JGSS-2000が64.9%で最も高く、63.1%(2001)、62.3%(2002)と緩やかに下降した後、2003年には55.0%に急落し、2005年にはさらに50.5%まで低下した。2003年に急落した理由は、5月に「個人情報の保護に関する法律」が成立したことと、調査対象者全員への図書券の先渡しを、回答者のみへの後渡しに変更したことによる。謝礼の先渡しは、互酬性の規範に訴えて調査への協力を高めるが、怒りを寄せる対象者もおり、調査員が対象者を説得するモチベーションをそぐ側面もあった。

個人情報保護法は2005年4月に施行され、回収率のさらなる低下を招いた。その施行は、調査対象者を用心深くさせただけでなく、自治体の対応を変えた。選挙人名簿を閲覧拒否とし、住民基本台帳の閲覧用リストを抽出しにくい編成(市内全域50音順、町内生年月日順など)に改める自治体が出てきた。JGSSは、名簿の実態を調査するために、研究者と大学院生が29の自治体で抽出にあたった。その後、総務省は「住民基本台帳の閲覧制度等のあり方に関する検討会」を発足させ、JGSSはパブリックコメントに意見を提出した。最終報告書は2005年10月にまとめられ、マーケティング調査への閲覧は認めない一方で、学術調査の閲覧は認められた。自治体の名簿編成も常識的なものに落ち着いたが、選挙人名簿の閲覧は選挙中心の調査に限定され、JGSSは2008年調査以降は住民基本台帳(閲覧料が必要)に移行した。

一方で、50.5%という回収率に対処すべく、依頼文書の文面、封筒の色や切手を見直した。さらにJ06では、調査を説明する文書に目を通していただく謝礼として、図書券の半分を先渡しした結果、回収率は59.8%に回復した。J10では6割を超え(62.2%)、日本人も世論調査で意識を表明する時代になったと思いきや、J12は59.0%、J15では52.4%まで下降した。

JGSSでは、調査の実施期間中は、調査会社のフリーダイヤルの窓口とは別に、JGSS研究センターの研究員がシフトを組んで、自治体と調査対象者からの問い合わせの電話に対応する。対象者が相談に訪れる消費者センターや警察署からも確認の電話がある。「振り込め詐欺」の認知件数は1万件を上回ったまま、2014年にはベネッセコーポレーションによる顧客情報(子どもの年齢や家族構成)の流出が発覚した。J15についての問い合わせは、これまでよりも多く、対象者にはベネッセの情報流出に巻き込まれた人がおり、振り込め詐欺の被害をかろうじてまぬがれたご夫婦は不安で大学を訪ねてきた。J16では、九州のある調査地点の界隈で詐欺事件が起こり、対象者全員に拒否された。四国のある自治体では、調査員は対象者から了承を得た場合しか訪問してはいけないルールが新たに設けられた。大学教員が実施した調査に対する苦情が非常に多く寄せられたためである。欠票状況の記載欄には、高齢者を悪用しようとしているのではないかというコメントや、面接調査の途中や終了後に不安を覚えて拒否されたケースなどが記されている。

このように、個人情報保護法の成立・施行の影響を受けて、さらに情報の流出や詐欺事件の報道により、人々の不安が高まり、自治体の対応にも変化が生じている。しかし、調査を拒否する、あるいは実施のハードルを上げようとする自治体を調査対象地点から外していては、調査できない自治体が増えてしまう。拒否を覆すことは難しいとしても、抽出が遅れるとしても、今後の社会調査の対象を狭めないために、拒否や条件をつける自治体ならびに対象者からの問い合わせに研究者が応対し、発生している問題を把握し、社会調査の方法と意義を丁寧に説明することが求められる。

JGSSが最近、調査と丁寧に向き合うことを改めて問われたのは、学歴の設問である。調査対象者は、高等専門学校(高専)と専修・専門学校を混同したり、配偶者や親の学歴について旧制学校と新制学校を混同することが少なくない。学歴は面接で尋ねており、最終学校を回答しない対象者は非常に少ないが、対象者が回答票を見ないで回答したり、調査員を急がせることがしばしば起こる。調査員が聞き直すことはためらわれる設問であり、間違いが起こりやすい。調査員は、対象者が回答の際に迷った場合や調査員に語った説明を、面接調査票に書き留めている。このメモは、入力されたコードのクリーニングに役立つ。紙媒体の調査票の強みである。

JGSS研究センターは、2013年から規模の縮小を余儀なくされているが、事務スタッフと歴代のPD研究員が構築し、更新を重ねてきた記録ファイルやマニュアルを基にして、調査の改善を心がけている。社会調査を取り巻く環境は、関連する法律の改正や事件の発生で厳しさを増している。調査を企画する研究者は、調査票や収集されたデータだけではなく、住民基本台帳を管理する自治体担当者、調査対象者、調査員からの問いかけを見逃さないように、調査の各段階で丁寧に向き合うことを忘れてはならない。一方で、公開データを利用する研究者は、データ構築の努力を認識し、データの扱いに注意して、acknowledgementを記載して、研究成果を送っていただきたい。調査の継続はこの点にかかっている。