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2014年10月30日(木)
参与観察を考える
京都工芸繊維大学名誉教授
中野 正大
くつろぎ
参与観察を考える
京都工芸繊維大学名誉教授   中野 正大
2014年10月30日UP

最近、風俗店で働く女性の生態を描いた新書を読む機会があった。いい歳をしてどうしてこの本を手にしたかというと私の好奇心はさておき、書名に社会学という文字が書かれていたということ、もうひとつは私が長年関心をもって読んできたシカゴ学派社会学のモノグラフのなかに当時アメリカの大都市の歓楽街にあだ花のように咲いた風俗店を調査した『タクシー・ダンスホール』という作品があり、それを以前社会調査協会の雑誌『社会と調査』のなかの「調査の達人」というコラムで紹介したこともあったからだ。この風俗店を扱った2つのモノグラフは時代も違い、調査者も男性と女性という違いはあるものの、両者はいろいろな面で共通している部分が多い。その一つは両者とも社会学の修士論文をもとにして書かれているということもあって、調査に際して質的調査の代表的調査技法としての参与観察をはっきりと自覚して使用していることだ。

「タクシー・ダンスホール」の場合は調査者が客に成りすましてダンスホールに入り、そこでダンサーと彼女らを目当てにやってくる客と接触して多くの情報と資料を収集して、ダンサー嬢と客が繰り広げるタクシー・ダンスホールの社会的世界を鮮やかに描き出している。他方、「風俗嬢」の場合は調査者自身が風俗嬢として働きながらそこで働く風俗嬢の実態とそして男性従業員やそこにやって来る客との関係を生々しく描写している。

この2つのモノグラフで用いられた参与観察はしばしば社会調査における質的調査の代表的調査法としてあげられてきており、とりわけ調査対象が外部からではその内部の実態が容易に窺い知ることのできない場合にその持ち味が発揮される。このため調査結果は好奇心も手伝って多くの人の関心を引き付ける。このことはこれまでその代表例としてよく挙げられるウィリアム・ホワイトの『ストリートコーナー・ソサエティ』や一連のシカゴ・モノグラフがそれをよく示している。

近年、質的調査への関心の高まりのなかで、質的調査法に関するテキストが多く刊行され、そのなかで参与観察に多くのスペースが割かれ、なかには参与観察そのもののテキストまで出版されてきている。

だが参与観察による優れた作品を読むのは臨場感溢れ実に興味深いが、実際それを用いて調査をしようとなると、ことはそれほど容易なことではない。まず調査対象へのエントリーの問題、そこでのインフォーマル・インタビューによって情報を得るインフォーマントの問題、これらは偶然性に多く左右されている。さらにこうして得た観察や情報を人類学者クリフォード・ギアーツのいう「分厚い記述」で描写し表現することがもとめられる。こうした技法は調査者本人の個人技にその多くが委ねられている。こうしてみると参与観察は他の調査法と比べて、マニュアル化がもっとも難しく、標準化にもっとも馴染まない調査技法だという思いをますます強くする。