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2011年6月17日(金)
理論が眠ればデータも眠る
-省庁統計調査再集計の経験から-

日本女子大学   岩木 秀夫
くつろぎ
理論が眠ればデータも眠る ―省庁統計調査再集計の経験から―
日本女子大学   岩木 秀夫
2011年6月17日UP

社会保障・人口問題研究所の「非正規就業の増大に伴う社会保障の在り方に関する研究会」に参加し、「青少年の社会的自立に関する意識調査」を再集計する機会に遭遇した。内閣府が平成17年1月から2月にかけ全国500地点で、平成16年4月1日現在で満15歳~29歳までの青年男女とその保護者から層化二段無作為抽出によって7,500組のペアを選び出して行った調査である。

青年男女のキャリアを「安定」(正規一貫で現在正規)、「不安定」(正規、非正規の繰り返し)、「不完全」(非正規一貫で現在非正規)、「現在自営・家族従業」「現在専業主婦・主夫」、「現在無職」に分けて分布と年収をみると、「安定」男56.3%、318.5万円、女38.3%、274.2万円、「不安定」男18.8%、234.5万円、女25.3%、160.9万円、「不完全」男9.1%、150.0万円、女15.9%、155.9万円、「自営・家族従業」男9.7%、261.7万円、女3.2%、203.6万円、「主婦・主夫」男0.0%、女10.3%、33.8万円、「無職」男5.5%、97.1万円、女6.4%、100万円であった。他類型に比べて年収が多い「安定」キャリアの規定要因をロジスティック回帰分析で確かめたところ、男性の結果は(括弧内の数値はB係数、有意水準)、「学校経由就職ダミー」(1.924、1%)、「大学・大学院卒ダミー」(2.188、5%)、「機関経由就職ダミー」(1.398、5%)、「中3時成績上・怠学無しダミー」(1.086、10%)、「中3時保護者職業販売サービス・商工自営ダミー」(-0.644、10%)、女性の結果は、「学校経由就職ダミー」(1.371、1%)、「大学・大学院卒ダミー」(2.136、5%)、「短大・高専卒ダミー」(1.918、5%)、「年齢」(-0.155、5%)、「専門卒ダミー」(1.565、10%)であった。

これを受けて、小生は概ね次のような解釈を行った。(拙稿「非正規就業問題への教育訓練政策パラダイムと雇用労働政策・社会保障政策パラダイムに関する一考察」社会保障・人口問題研究所『季刊社会保障研究Vol.42 Autumn2006 No.2』平成18年9月、106-114頁)

……この結果は、学校・大学に適応し所定の年限で卒業して学校紹介・機関紹介で就職するのが「安定キャリア」への唯一の入り口であることを物語っている。九〇年代半ばの雇用流動化、リストラクチャリングによって、高度経済成長期には多少の不適応や回り道は大目にみていた筈の新規学卒者採用ゲートは急激に狭められ、呑気者や不適応者は排除されることになった。それがいわゆる“ニート”“フリーター”問題である。政府は現在、これを家庭教育、学校教育、本人の心がけの問題として、“エンプロイヤビリティー形成支援”理念を掲げて義務教育段階からのキャリア教育や、総合学習における労働法制や社会保障の啓発プログラムの充実を考えている。だが、問題の根源である、正社員への“入職口”が学卒採用ゲートにしか開かれていない構造や、伝統的な終身雇用・年功序列、新規学卒一括採用、企業内組合の“三種の神器”を基盤にして形成されてきた各種社会保障の修正が並行しないと、問題は根本的には解決しない。…… 無作為抽出のデータに触れる機会など、めったに恵まれるものではない。省庁の統計調査は質問項目の構成が行政目的に規定されているとはいえ、データの中には政策形成目的を超えた大きな理論的含意が潜んでいることがある。しかし、その隠された宝を余さず汲み尽くすには、分析者の側に諸理論に通暁した問題意識が沸々としていなければいけない。その点で、正社員“身分”の階層閉鎖を見逃した小生は折角の機会に恵まれながら、“沸々”不足であった。反省しきりである。
『社会と調査』2号より転載